VOS,No.104

 研究トピックス [Back]

21世紀の素材−天然ゴム−
化学系 助教授
河原 成元
 天然ゴムは,ゴムの樹(Hevea brasiliensis)から産出される天然由来の高分子であり,よく弾み,大変形しても元の形に回復する。ゴム素材として要求される性質には,合成ゴムよりもバランス良く優れており,タイヤ,ゴム手袋,コンドーム,セロハンテープ及び輪ゴムなどに使われている。しかしながら,『なぜ天然ゴムが優れているのか』はいまだに解明されておらず,慣習的に『タンパク質が重要な役割を果たす』と考えられてきた。
図1 ゴムの樹から採取した天然ゴム

 この天然ゴムに含まれるタンパク質の中で,ある種のものは『ラテックスアレルギー』を引き起こすことが1987年に報告された。ラテックスアレルギーは症状が重いときには呼吸困難を生じる即時型(I型)アレルギーで,外科手術中に医師がゴム手袋を使用したことにより患者が死亡するという事故などが多数報告された。このような状況に至って,天然ゴムからタンパク質を除去する研究が盛んに行われるようになった。
 我々は,当時,『なぜ天然ゴムが優れているのか』という難問を解決するために構造解析を行っていた。構造解析では純粋な目的物を単離することが最も重要な課題であり,天然ゴムではタンパク質を取り除くことが一つのブレイクスルーと言われていた。我々は,天然ゴムがゴムの樹の中では直径1程度の微粒子として水に分散していることに着眼し,その粒子を覆うように存在しているタンパク質を除去する試みを行った。その結果,1993年にタンパク分解酵素と界面活性剤を用いて天然ゴムからタンパク質をほぼ完全に除去することに成功した。
 天然物からタンパク質を除去することは,絹の例でもよく知られているように,困難極まりないと思われていた。それゆえ,『天然ゴムからタンパク質を除去した』という報告には多くの人が半信半疑であった。しかしながら,この技術に注目した会社数社が追試験を行い,タンパク質除去の確証を得た。1991年にFDAが医療用品製造業者に対して天然ゴム薄膜製品の残留水溶性タンパク質量を低減するように勧告していたため,脱タンパク質化技術の開発は脚光を浴びた。
図2 分散質の構造と脱タンパク質化

 ところが,タンパク質を除去したことにより天然ゴムの優れた性質を損なう可能性が指摘された。アレルギーを低減できたとしても,強度が合成ゴムと同程度に低下したのでは材料としての使用が限られる。この不安を解消するには『タンパク質が重要な役割を果たす』という定説を覆すことが不可欠であった。我々は脱タンパク質化天然ゴムの構造解析と物性試験を慎重に行った。
 脱タンパク質化天然ゴムを構造解析したところ,天然ゴムはタンパク質に結合した末端,2個のtrans-1,4イソプレン単位,約5,000個のcis-1,4イソプレン単位と脂質に結合した末端から構成されていることが分かり,教科書に掲載されているような100%cis-1,4イソプレン単位から構成されているのではないという確証を得た。さらに,タンパク質に結合した末端は物理的に相互作用し,脂質に結合した末端は化学的に架橋しているため,天然ゴムは本質的に三次元網目高分子であることを明らかにした。
 この構造解析の結果に基づいて,未処理の天然ゴム,脱タンパク質化天然ゴム及び脂質を取り除いた天然ゴムの物性試験を行った。天然ゴムの優れた性質は,タンパク質を取り除いてもほとんど変化しないが,脂質を取り除くと合成ゴムと同程度になることが示された。この脂質についてさらに詳しく検討を行ったところ,脂質は化学的架橋を形成するだけでなく,ゴムの速い結晶化に重要な役割を果たしていて,これらが相乗的に作用して天然ゴムを優れたゴムにしていることを明らかにした。これら一連の研究から,天然ゴムは,タンパク質を除去しても優れた性質を損なうことなくアレルギーを低減できることが証明され,脱タンパク質化天然ゴムを製品として世に送り出すことができた。
 我々は,天然ゴムを高純度に精製する技術を開発した。これは,これまで不純物が多く含まれているため工業的利用は困難とされていた天然ゴムに新たなフィールドを拓いた。21世紀の新素材は天然ゴムから作られると言っても過言ではない。天然ゴムのグリーンポリマーとしての歴史は,今,幕を開けようとしている。
図3 天然ゴムと脱タンパク質化天然ゴムの物性試験