VOS,No.104


 特集:大学院ってなんだ? [Back]

0 番外:遺跡調査報告
『インカを測量する』

澤田 浩介

 2000年8月1日,私は22才の誕生日を地球の反対側で迎えた。日本から飛行機・列車に揺られて約30時間,世界遺産であまりに有名なインカの空中都市マチュピチュに立っていた。それまで外国を旅したことのなかった私の目の前には全く別の世界が広がっていた。マチュピチュはペルーの南部,アンデス山中標高約2,500mで熱帯との境に位置している。この旅の目的は,九大,東大,滋賀県立大そして長岡技大による合同調査で,「持続型都市構築のための古代遺跡にみる衛生学的安全性と施設効率性に関する現地調査」というものである。
 「澤田君,ペルーにインカの水路を測量しに行くことになったから。光波(測量機器)使えるよね!」と,私の研究室(水圏土壌環境研究室)の原田秀樹先生に,1学期に言われたことが,現実になってしまった。長岡技大の任務は,インカ古代人たちの水管理システムの知恵を解明するために遺跡内の水路を測量することであった。私は,測量助手としてメンバーに加わったが,測量隊長の原田先生は土木出身なのに学生時代に一度も測量機器に触ったことがないというツワモノで,結局私が測量隊長に昇格してしまった。
 調査にはドイツ人とペルー人の考古学者も参加して,現地ではポーターも雇ったために,英語,スペイン語,ケチュア語の順に翻訳を行いながらの調査となった。マチュピチュでは,水源から山肌に沿って水路が遺跡の街中まで導かれ,複雑に向きを変えながら幾つもの水場を形成しており,それらの位置的な関係や水路の性能等を測量した。標高が高いために朝晩は息が白くなるほど冷え込んだが,赤道に近いだけあって日中は日差しが刺すように照りつけ,真っ黒に日焼けした。

測量作業風景

 次の測量の仕事は,標高3,600mにあるピサクという遺跡で,マチュピチュほど派手ではないけれど,水路や遺跡全体の規模は明らかにマチュピチュよりも大きく,特にアンデネスと呼ばれる段々畑は言葉では言えない感動もので,インカやプレ・インカの人々が文明を築き上げることができたのも,水を上手に利用した優れた農業技術があったからだと感じた。ここでの測量は総延長約2にもおよび,狭いがけでのスリル満点の測量もあった。
 そんなこんなの,初めての外国でのあっという間の3週間だった。電気のない山村で見た南十字星のとても綺麗だったこと…,タクシーの中に大事な荷物を忘れてきたこと…,ネズミも食べたし,いろんな失敗もあったし,多くの素晴らしい人たちとの出会い,たくさんのことを経験した。きっと,これまでの自分が少し変わったんじゃないかと感じる,素晴らしい夏休みだった。



(建設工学課程4年)