VOS,No.107

 私の抱負 [Back]

存在感のある
都市・大学へ来て
渡邉 和忠
(生物系 教授)

 私はこの4月から,生物系に着任いたしました。これまで,新潟県には全く縁がなく,一度,スキーで来たことがあるだけです。しかし,長岡は,以前,司馬遼太郎の「峠」を読んだときから私の心の中に残っており,長岡藩は教育熱心な藩であったこと,また,山本五十六の出身地であることなど,小さいながらも存在感のある都市という認識を持っていました。長岡技術科学大学も非常にユニークな大学で,長岡という地にふさわしい大学であると思っています。このような大学でこれから教育・研究に携わることができ,大変,喜んでおります。
 私の出身学部は教養学部基礎科学科というところで,大学院は理学系研究科相関理化学専攻です。これら学部や研究科の名前からは「何だかよく分からない」と感じられるかも知れませんが,理念として様々な分野の境界領域に興味を持てる人材の育成を目指していたと思います。その教育効果もあってか,私自身,あまり分野にこだわらず,勤務先を理学系(東京大学教養学部),医学系(カルガリー大学医学研究センター,東京都老人総合研究所),工学系(九州工業大学情報工学部)の大学,研究所とかえ,それぞれの場所で多くのことを学んできました。最近,特に,様々な分野の境界領域が面白くなってきているように思います。これからは今までの経験を生かし,工学的な視点を取り入れてユニークな研究・教育ができればと考えています。


英語教育への抱負
村山 康雄
(語学センター 教授)

 神奈川県の文教大学情報学部から来ました。英語の教員ですが,科学全般に関心があり,前任校ではコンピュータ関連の学科があったこともあって,早い時期からパソコンに関心がありました。英語論文を書くのにIBMのPC/XTという機械が欲しかったのですが,高くて買えず,同僚の助けを借りて互換機を自作し,それを契機にパソコン作りに熱中しました。当時は日本語で書かれた自作マニュアルなどは少なく,英語の文献を一生懸命読みました。数年前,秋葉原のジャンク屋にその機械が出ていると聞き,人に先を越されまいと駆けつけ,手に入れた時は本当に感激しました。授業でも英語で書かれたコンピュータの入門書などを教材にしていました。
 本学は工学が専門の学校だと聞き,私が関心のある科学・コンピュータに関する新聞や雑誌の記事を題材に授業をすることができれば,と期待を持ってまいりました。学生諸君が専門分野の英語文献を読むための基礎となる英語力を身につけるお手伝いができればと望んでおります。
 さて,私の研究分野ですが,言葉が新しい用法を獲得していく現象である「文法化」や,言葉とそれが使われた状況との関係などを調べる「語用論」に関心があります。どんなささいなことでも他人が気づいていない現象を発見すること,新しい説明をすることを心がけていきたく思います。


私の職探しと
日本的システム,
改革を阻むもの
安井 孝成
(機械系 助教授)

 この原稿を最後まで読んでいただけることを願い,常識的な抱負と異なる内容を述べます。
 私は企業や国立研究所などを転々としてきました。この間,長期化する経済不況,政治不信など,日本の問題点が顕在化する一方で,私は期限付き契約研究員でしたので,就職活動も過酷さを増しました。過酷さの中身は,不況下の採用制限,年齢制限,仕事の適合性に加え,場合によっては博士号を持っていることが障害になりました。すべての応募先がそうではなかったので,本学に採用していただいたと思いますが,多くは理由もなく書類段階で拒否されました。その間,自分を常に見直し続けたことはもちろんですが,それだけではない問題点も感じました。例えば,私という人物が応募先ごとに経歴や人格が変わるはずもないのに,日本企業と外資系企業とでは根本的に対応が異なり,面接段階に至るのは常に外資系企業でした。常に積極的に人材を求める外資系企業と,「何らかの理由」でそうしない日本企業とが非常に対照的でした。問題は,その「何らかの理由」に固執し改革を阻んでいる人の心だと思います。小泉総理の国会答弁のように,改革に反対する勢力すべてが反対勢力だという認識が,日本全体に求められているのではないでしょうか?
 自分の身に降りかかったここ数年間の苦境は非常に良い社会勉強でした。これからはこの苦境を生かして教育・研究に努めたいと思います。


学生と仲良く
高橋 修
(環境・建設系 助教授)

 3年間国土交通省の港湾・空港関係の研究所に出向し,再び本学に戻ってきました。学生時代と教官の期間を合計すると,本学は12年目になります。平成3年に助手として赴任したときはまだ20歳代で,学生に対しては教官というよりもむしろ先輩という立場で勉強や遊びに取り組んでいたように思われます。今振り返ってみると,そのような姿勢で学生と接したことについて,良かった点,悪かった点が思い起こされます。わずか3年間のブランクでありましたが,大学に戻ってみると,学生諸君の雰囲気も,大学を取り巻く状況も,専門分野における研究のトピックもかなり変化していることが感じられます。これらの変化は今後ますます拡大していくものと予想されますので,それに順応した教育・研究の方法を見つけ出していく必要があると考えられます。
 私の専門は舗装材料の力学性能の特性化や高機能化であります。出向の間は専ら空港舗装を,その前は主に道路舗装を対象に研究を行ってきましたが,これからは両方に関わっていくつもりです。本学が掲げるVOSの理念を遵守して,できる限り「学生とは仲良く」をモットーに本学での教育と研究を実践していきたいと考えております。そして,学生諸君には,専門知識や業界の常識,非常識を勉強してもらうと共に研究の楽しさについても理解してほしいと思っております。よろしくお願いいたします。