VOS,No.108


 特集:ものづくりの魅力 [Back]

0 ものづくりの魅力と哲学
ものづくりによる科学のフロンティア探索

末松 久幸,八井  浄
極限エネルギー密度工学研究センター

 今をさかのぼること15年前の1986年,BednorzとMulerによって,La-Ba-Cu-O系酸化物の中に,超伝導相があるらしいことが報告されました。この報告では,結晶構造も明らかではなく,特性も怪しいものでした。ただ,その超伝導転移温度が,それまでの理論予測である30Kを越えていることが示唆されたことから,世界を驚愕(きょうがく)させました。これが高温超伝導ブームの火付け役となった報告です。その後多くの新物質が開発され,転移温度が135K(常圧)の物質もできました。一方,なぜこのような高い温度で超伝導状態が現れるかは,20世紀の科学でも解けない謎の一つとなり,この解明は新世紀まで持ち越されてしまいました。
 彼らは,原料を混ぜて電気炉で焼くという方法でものづくりをし,その電気抵抗を測定したにすぎません。ところがこの報告がすごいのは,実験結果が,それまで無敵だと思われていた物理の砦を崩してしまったからです。ちょうど,19世紀末に鉄工業の進歩により,黒体輻射の謎が発生し,これが古典物理を崩して量子力学の構築を促したのと同じです。もちろん,BednorzとMullerは,実験前に材料設計を行っており,この結果は単なるまぐれ当たりではありませんでした。この功績により,実験手法は古典的でその報告も不十分であったにもかかわらず,翌年彼らはノーベル物理学賞を受賞しました。
 これに刺激されて,巨大磁気抵抗,熱電,透明導電材料など,驚異的な特性を持つ多くの物質が開発されました。
 重ねて言いますが,高温超伝導機構はわかっていません。この実験結果の前に,少なくとも現在までは,既知の理論は無力です。現在,多くの科学者が中心となり,独自の仮説や材料設計指針をたてています。構造,組成の異なる多くの新物質開発が行われているのは,この高温超伝導機構解明のための仮説の検証のためです。これが今世紀をリードする未知の科学を構築するための,ものづくりの最前線です。ものづくりが科学の進歩に決定的に重要な役割を果たしているのです。
 著者の一人は,他の研究者・学生と共同で,水分子を含んだ初めての高温超伝導物(H,C)mBaCaCuOyを合成し,その構造評価に初めて成功しました。それまで,水は高温超伝導を壊すものと考えられていましたが,水を含んでも90Kの転移温度を示す物質があることはそれまでの常識を覆しました。
 本学は,“技学”をモットーとする大学です。実験結果をもとに新しい学問を構築するというこの現代のものづくりのテーマと,本学のモットーは完全に一致します。さらに,新しい手法を用いれば,新しいフロンティアでのものづくりによる新しい科学の構築に近づけます。前述の水を含む高温超伝導物質の研究には,超高圧発生装置による合成と,試料冷却+CCDカメラによる電子線損傷を抑えた電子顕微鏡観察が不可欠でした。本学では,多くの諸先輩の努力によって,大気開放型化学蒸着法,イオンビーム蒸着法,浸液透光偏光顕微鏡観察法,広範囲高分解能透過型電子顕微鏡法などの多くの新しいものづくり・評価手法が世界に先駆けて開発されました。これら新手法が綺羅星のごとく輝く本学で,我々は新たなものづくりを精力的に進めています。このフロンティア開拓にチャレンジする学生諸氏に期待します。