VOS,No.110

  学長告辞 [Back]

“学ぶ心を常に”

学長

服 部   賢

 卒業生,修了生の諸君,おめでとう。本日ここに平成13年度の卒業式,修了式を迎え学士,修士,博士それぞれの学位を得た諸君に心からお祝いを申し述べます。諸君は数年前,それぞれに勉学の志を持って本学の学部,大学院に入学しました。ここに長年の研鑚(けんさん)の甲斐あって学業の成果を身につけ,志達成への大きな一段を越されたことは,諸君のみならず,諸君を支えてこられたご家族の方々にとっても大きなお喜びであろうと思います。あわせてお祝いを申し上げます。

 留学生の諸君。故国を遠く離れ言語・文化の異なるところでの生活,学習には大きな苦労があったことと思います。諸君がこの長岡で出会ったもの,単に勉学だけでなく,日本の文化,人々の人情その他もろもろの事柄がこれからの諸君の成長によき糧となることを願っています。諸君がさらに研鑚(けんさん)を積んで,それぞれの故国の発展に力を尽くされることを期待します。

 さて,諸君が生まれ育ったこの二十数年は世の中の情勢が著しく変化したときでありました。ギリシャのヘラクレイトスは「今日の川は昨日の川に似て,昨日の川にあらず」と言い,仏教では「この世に変わらざるものはない」と教えます。いずれの言葉もすべてのものは変化してゆき元には戻らないことを指しています。野の花が一斉に咲き誇る春,黒いほどに濃い緑を繁らす夏,野山に紅葉の燃え盛る秋,そして静かに雪の降り積もる冬,年々歳々美しく自然を彩る四季が訪れます。我々の目には変わりなく写るその自然も緩やかにしかし確実に変わってゆきます。地球は45億年の年を経て現在の姿になってきました。その容量の大きさから,地球のあるいは自然の変化は人には気づかれないほどにごく緩やかであります。これに対して,人類が出現してから100万年,都市文明が起こってから1万年にも至らない人の社会は,我々の目にもはっきりと見えるほどに急速に移り変わってゆきます。

 数千年前,人は火を使い出してから数十万年を経て,火で土を焼き器を作るという新しい技術を獲得しました。それ以降,技術は速いテンポで発達してきました。とりわけ熱エネルギーから動力への変換技術を得て以降,科学と技術が相互に補完する関係ができると,科学・技術の進歩は一層急速になり,そこから生み出される知識と産物は幾何級数的に増加してきました。これに比べ人の能力の進歩ははるかに遅く,その隔たりは拡大の一途をたどっています。

 人類の歴史をたどれば,新しい技術が社会の変化を誘発してきたことが知られます。技術が何ものにも拘束されず,いわば自律的に発展して,社会に変化を促してきた時代から,人工物が人と自然環境を隔離し,人間社会の中心に坐(すわ)るようになると,技術は社会,政治,経済に強い影響を及ぼして,人類社会を混迷に至らしめるほどの急速な変化を促すようになりました。既に人類の存続をも左右する迄に肥大化した技術は,自律的発展から人の制御を受ける存在に変わってゆくでしょう。

 技術が社会を先導する一方で,社会の急速な変化に対応して,技術も早い展開を求められます。技術者は自らが作り出す技術が人類の幸福や利益に貢献するか否か,の判断を求められます。自己の専門の深化と異分野と連携する能力が求められます。“常に学ぶこと”は技術に携わるものの基本であり,自ら考え,自らの責任において行う主体性,慎重に事を運ぶ忍耐力,智慧(ちえ)を生み出す豊かな感性の涵養(かんよう)が望まれます。

 時間は元には戻らず一方向に進みます。我々はその貴重な時間を費やしていろいろな経験を積んできました。それが有意義と思えることであろうと無駄と思われる事であろうと,すべての経験,体験が自分の“人”を作ってきました。小さいときから時に上手にものを作り上げ,時には誤ってナイフで手を切り金槌で指を叩いて痛みを実感する,そうした小さな成功や失敗の経験から始まっていろいろの事を学んで来ました。大抵の人はいろいろな失敗も経験し,多かれ少なかれ挫折感を味わってくる,この経験,とりわけ失敗の経験こそ人にとって貴重なものであります。成功の経験は心を明るくし,挫折の経験は人を強くします。そして失敗の経験は優れた智慧(ちえ)の泉となります。

 人は過去に戻れず,未来を見る事もできません。諸君が創(つく)り上げてゆく未来の社会が如何(いか)なる社会になるのか誰も知りません。諸君はこれから自らの道を探りながら進む事になります。その道を拓くのは常に模索と冒険,失敗を恐れぬ勇気そして学びを忘れぬ心です。諸君の若さは無限の可能性を秘めています。既に自らの経験,体験から得た高いポテンシャルを持つ諸君が,己の能力を信じて,新しい文明を拓く技術の担い手として大成されるよう期待します。