VOS,No.113

 にいがたみてある記 シリーズ63 [Back]

鯨波のイソニガナ(柏崎市)−足もとの絶滅危惧種−

高 原 美 規(生物系 助教授)

図1.イソニガナ
 柏崎の鯨波といえば,柏崎マリーナ,番神・東の輪海水浴場と続く一帯で,毎年100万人近い海水浴客が訪れる県内屈指の海のリゾートです。その人波のすぐ近くの丘の斜面や海の家の裏手に,絶滅が心配される植物が自生していることは,ほとんど知られていません。それは,イソニガナというキク科の草花で,全世界で柏崎市内の数ケ所の自生地のみにしか存在せず,環境庁の植物レッドデータブックでは,絶滅危惧II類に分類されています。こんな観光地にどうして?と思われるかも知れませんが,絶滅危惧種の多くは,秘境に生える珍品奇花ではなく,人の手の入った環境に対応した,人里植物なのです。
 日本では,もののけ姫の舞台となった時代から,すでに原生林はほぼ失われています。日本の動植物は,生育場所を人里の条件の合った場所に移すことで,二次的な繁栄をして来ました。近年,里山のような二次自然が荒れて来て,その一方で本来の生育場所が既に失われているため,日本人に馴染みの深い植物の多くが絶滅の危機にあるのです。
 イソニガナは競争に弱いため,競合が少ない海に面した崖が本来の生育地でした。現状では,観光開発でその環境が失われる一方,人の手による除草で他種との競合が弛んだ結果,東の輪の民宿の裏手では,イソニガナがびっしり生えているところもあり,鯨波周辺の集団はむしろ自然状態より繁栄しています。それでも,生育地が極端に狭いため,個人の努力 でも絶滅可能な状態にあるのも事実です。
 写真に示した通り,イソニガナは特に綺麗な花が咲くわけでもなく,どこにでもあるようなありふれた雑草です。しかしイソニガナが絶滅すれば,
図2.自生地の様子
その遺伝子は永久に地球から失われてしまいます。地球上の一億種以上の生物のうち,人間が食物,医薬,色素・香料などに利用しているものはほんの一部分で,未知の遺伝資源がまだまだ眠っているのです。野生の動植物を絶滅から守るというのは,単なる同情や感傷ではなく,潜在的に経済的な価値を有する,人間にとっての利益なのです。
 新潟県だけでも,イソニガナの他にもセナミスミレやコシノカンアオイといった県に固有で,絶滅が心配される植物がいくつもあります。大上段に構えるのではなく,足もとの草花を大切にすることから,地球環境について考えてはいかがでしょうか。