VOS,No.114

 私の抱負 [Back]

越後へ餅つきに
藤 田 昌 一 (環境・建設系 教授)

 東京都庁に36年。都庁の慣習どおり定年前の勧奨退職でリタイア。そこへ折りよく本学の公募。9月1日付けで採用していただきました。
 先祖代々数百年,ずっと東京暮しという江戸の原住民。東京以外には住んだことがありません。唯ひたすら「長岡技術科学大学」というブランド名に引かれた故,家族ともども一念発起,長岡市民になりました。ここでじっくり腰を据えて環境問題に取り組みます。
 行政組織の中では,それぞれのセクションが分担して様々な角度から環境問題を担当していますが,大学はそういう分担を超えてものごとを考えてゆけるので,何だか急に世界が広くなったような気がします。
 広い駐車場に乗り付けたような感じで,どこに停まってよいのか迷うくらいです。停まり方のルールを諸先輩にご指導いただきながら適切に対処して参りたいと存じます(まだ行政用語が抜けきっていない!)。
 中途採用の新米教授ですが,「第2の人生をここでのんびり過ごす」という気はありません。新しい分野の開拓を目指して,就任2ヶ月未満でしたが「科研費」にも応募してみました。
 自分の息子や娘たちより若い学生諸君と一緒に,市民,県民,国民,そして地球が必要としている新しい課題に次々と取組んでいけるかと思うと,いい年こいて胸が高まります。
 それにしても,大学って毎日忙しいですね。
夢多忘我境
淺 井 達 雄 (経営情報系 教授)

 本学教官への応募に際して,当職の産業界における約30年間を振り返ってみました。その結果明らかになったことは,当職の実務経験がまさにV,O,Sの3つの要素で構成されているということでした。
 修士課程を修了してすぐに日本IBMに入社,その後の数年間はまさにバイタリティで仕事をこなしました。その過程で,SEとして,お客様に,より喜んでいただける創造性の高い仕事をするように努めました。産業界にありながら,工学博士号を取得できたのもこうした努力の結果であったと考えています。
 その後,松下電器に移り,グローバル・ビジネスを支える情報システムの計画や渉外活動を主として担当しました。IBMでの約20年は自然科学,松下での10年間は社会科学の分野で活動したといえます。
 こうした活動の中で,それまでに培った経験や知識を広く社会に役立てることになりました。教育委員や民事調停委員の仕事はその例です。また,非常勤となりましたが,現在でも松下電器法務本部のIT・情報セキュリティ担当顧問の役割を担っています。
 世の中に学ぶ姿勢を保ち続け,実務経験に裏打ちされた研究と教育とに励むとともに,21世紀の社会を背負ってたつ学生たちに,当職が体験してきた技術者としての苦労や喜び,社会的責任,そして知識と技術とを伝え,グローバルに活躍でき,社会をリードする技術者を育てていきたいと思います。
 優れた先輩と同僚,そして真摯な学生たちに囲まれて,今の心境は,「夢多忘我境」といったところです。どうかよろしくお願い致します。
技大からたくましい国際人育つよう刺激与えたい
栄   隆 士 (留学生センター 教授)

 青春のキーワードは「刺激」じゃないでしょうか。私自身の青春時代を振り返って,そう思うのです。私は学生時代を東京で過ごしました。大阪で生まれ育ち,都会生活には慣れていましたが,60年代の急速な経済成長の中で一極集中が進む東京の先進ぶりと多様性には,圧倒されるような迫力を感じました。多くの人々と出会い,さまざまな体験をし,次々と強い刺激を受けました。人間や社会や世界への視野が一挙に広がりました。それが,その後の人生の生きる力となりました。いうまでもなく,青春時代の刺激がかけがえのない体験となっていることは,私に特有なはずがありません。どなたにも共通していることでしょう。
 私の仕事は,留学生に対する日本語教育,日本の文化や社会について理解を深める日本事情教育,留学生が安心して生活し,勉学に打ち込める態勢の充実などです。日本人学生を海外に送り出すプログラムの充実も重要な責務だと思っています。こうした仕事を通して,若い人たちが,地球共生の時代を担う心意気とたくましさを備えた国際人として育つよう刺激し続けたいと思います。私は新聞記者として22年間勤めた後,地球共生の実験場ともいえる多民族国家オーストラリアで10年間暮らしました。そうした経験もここ長岡でお役に立つなら,大変幸いなことだと思っています。
 長岡はもちろん新潟全体が私にとっては新しい土地です。私の青春は遥か昔に飛び去ってしまいましたが,多くの方と出会い,私も新たな刺激をいただきたいと願っています。
外の世界を見つめることは,「私」を見つめること
松 田 真希子 (留学生センター 講師)

 私は元来異国の文化・思想への関心が強く,大学ではインド思想史を専攻し,20歳の秋・冬をインドで過ごしました。もともと西欧近代合理主義への反発から選んだ専攻であるにもかかわらず,インドでの生活はそういう合理主義にどっぷり浸かった自分を再認識する場でありました。「『マハーバーラタ』(インドの有名な古典)には世界の真実の99.9%が書いてある。」と真面目に主張するインド人に,「そんなことどうやって『証明』するの?」と口論になったり,大勢の物乞いを見て心を痛める私に「あの人たちは前世で悪いことをしたから物乞いをしているのよ。」と平然といい放つ上流階級の知識人に反発を覚えたりと,日本にいてはなかなか気づかない自身の価値観を相対化するよい経験をしたと思います。このように自身の価値観の異質性を痛感するような体験を重ねたことが,関心のベクトルを外から内へと転換する契機となり,「日本語を教え,日本語を研究する私」へとつながっているように思います。
 外国での生活はその国の異質さに接することで,「○○人である私」を意識することのできる意義深いものです。また外国語教育はその国の言葉を学ぶとともに,自身の価値観の意識化を効果的に促す場であります。私は留学生にも,留学先である日本の理解を通じて自国の文化に対する理解と関心を深め,さらには,自身の文化への誇りを高めることにつながるような支援ができればと思います。
 また私にとって初の生活の場である「新潟国」での生活を通じて,新たな「私」に出会えることを楽しみにしております。