VOS,No.115

 贈る言葉/卒業・修了にあたって [Back]


青は藍より出でて藍より青し
大里 有生(経営情報系長)
 卒業・修了おめでとうございます。晴れて学位を取得され,それぞれ限りない可能性をもって,新しい次のステップに歩み出そうとしている皆さんに,一言お祝いの言葉を贈ります。
 「学は,もってやむべからず。青は藍より出でて藍より青く,氷は水これを為して,水よりも寒し。」(「筍子」勧学扁)ということわざがあります。「学問はいつまでも止まるということはないし,怠ってはならない。青がもとの藍(染料をとる植物)より青いように,氷がもとの水よりも冷たいように,師をしのぐ学の深さをもった弟子が学び舎(や)から現れる」という意味です。皆さんは,大学という最高学府に身を置き,ご家族の温かい支えの元,それぞれの専門分野で深い研鑚を積み,厳しいながらも懇切な諸先生方の薫陶を受けながら日々精進してきました。教える側の諸先生方は,もてる力を傾注し,学問的知識と専門技術の全てを余すことなく皆さんに教授したとみることができます。
 青が藍より出でて藍より青くなるが如く,この長岡技術科学大学で勉強した皆さんが世に出て,人類の幸福や産業・社会の発展に貢献する新しい技術の開発に精励し,必ずや最高学府の諸先生方を凌駕する「学の深さ」「技の高さ」「知の広さ」を持つことができることを願って止みません。
 最後に,皆さんのご健康,ご多幸をお祈りするとともに,大いなるご活躍を心から念願しております。



振返って見ると
アハメド・オヒウッディン(建設工学専攻)
 バングラデシュからの留学生の私は,人生の3分の1,約8年間日本にいて,その半分は長岡で過ごしました。4年間というと,長いように感じますが,あっという間でした。高専から編入して,学部の3年は単位を取得するために慌しかったです。しかし,大学院に入ってから単位ももちろんですが大学院の研究で忙しくなりました。学部と違って,研究は自分で考え,計画し,結果をだし,また考えるという繰り返しでした。自分で全てを決めて行動するのが難しかったけれどとても楽しかったです。

研究室民謡流しにて
(筆者は後列右から2番目)
 技大では勉強ばかりでなく,いろいろなボランティア活動にも参加しまた。主に,中学生との国際交流,長岡市民との国際交流に力を入れて来ました。いろいろな国から技大へ勉強しに来ている学生たちのことやそれぞれの出身国について長岡市民に理解してもらう,また日本の文化や習慣をもっと知ろうという目的で長岡市役所との連携を取り,長岡国際祭りに燃えていました。いろいろな国の学生と友達になり,皆の考え方や生き方を学び,自分を向上させることができたと思います。今振返って見るととても充実した日々を過ごせたような気がします。これから卒業後,社会人になることについて不安がいっぱいありますが,学業や課外活動で学んだことを生かして乗り切りたいと思っています。
 最後に,いつも私を見守ってくれた,励ましてくれた先生方,友人,研究室の皆様に心より感謝いたします。本当にありがとうございました。



卒業の思い出
サラ・マクシミリアノ(機械システム工学専攻)
 この時期,皆さんはお好きですか?私は早くも夏の予感がするので,心を躍らせています(別に冬が嫌いなわけではないですが)。それと同時に,ひどくセンチメンタルにもなります。なぜセンチメンタルかというと,題にもある通り,卒業のことを思い出してしまうからです。そこで,今回は卒業に関する思い出を語りたいと思います。
 日本では卒業というと,悲しいものというイメージがありますが,むこうの卒業式はにぎやかでした。むこう?―僕は今留学中ですが,始めての経験ではありません。日本で4回目の卒業式を迎えます。そして一番印象に残っているのは,母国の高校の卒業式です。おそらく多くの日本人も同じだと思いますが,友達と一日中遊んで,走って,とにかくみんなで元気いっぱいに長い時間騒いで,飲むことがとても楽しかったです。

京都にて(筆者は左)
 しかし最近ではすっかり日本人の気分になり卒業ということは,とっても悲しいものだと思うようになりました。そして,社会人となるみなさんと離れ離れになることがすごく不安です。自分で生きていかなければならないなんて…。この時期になると私はいつも思います。別れの時がつらいのか,うれしいのか。それは私には知る由もありませんが,ただ,あなたが技大で過ごされた数年間が良い思い出となることだけを願っています。最後になりましたが,卒業生の皆さんおめでとうございます。



長岡を去るにあたって
平川 麻理子(旧姓 笹川)(エネルギー・環境工学専攻)
 本学で過ごした9年間を振りかえると,前半は弓道に,後半は研究活動に集中した年月であったと思います。
 弓道には高校生の頃から親しんでいましたが,本学の弓道部に所属してから,二段を取得することができました。初段審査での大失敗と,二段審査での大満足の二射は,今後もずっと忘れることはないと思います。各地で行なわれた試合に出場した際に,年配の出場者の方々から頂いたお褒めの言葉も,忘れることはありません。良い思い出ができました。

(筆者は上段右から2番目)
 研究室に配属されてからは弓道から離れてしまいましたが,研究を進める中で,知ること,考えること,実行すること,発見すること,などの新たな楽しさを知ることができました。さまざまな不満や悩みを抱えながらの研究生活ではありましたが,充実した日々を送ることができたと思います。これまでの研究生活を考えると,人間関係や研究そのものに関して深く悩んだときに,話を聞いてくれて,心の支えとなってくれた友人の存在は,とても大きなものでした。彼ら,彼女らの存在には本当に励まされました。感謝,感謝です。
 高校生までを過ごした水戸に続いて,大学生活9年間を過ごした長岡は,私にとって思い出深い場所となりました。
 最後に,私をこれまでずっと支えてくれた両親・祖母に,心から感謝します。また,先生方,研究室のみなさん,学内でいろいろとお世話になった方々に感謝します。ありがとうございました。