VOS,No.115

 卒業修了特集/学長告辞 [Back]

果敢にかつ悠然と
学長 服部  賢
 卒業生,修了生の諸君おめでとう。本日ここに平成14年度の卒業式,修了式を迎え,学士,修士,博士それぞれの学位を得た諸君に心からお祝いを申し述べます。諸君の晴れやかな顔には,長年の研鑚が実り,学業の一段階を修めえた満足感と新たな道へ進まんとする意欲がうかがえます。その諸君をこれまで支えてこられたご家族の方々へは,そのご苦労への感謝とあわせてお慶びを申し上げます。

 本学は昭和53年4月,この上富岡の地にキャンパスを開き第一期生を迎え入れました。この年は今年修士課程を修了した諸君の多くが生まれた年でもあります。それから25年,技術科学を標榜する本学は強力な研究体制と,他大学に類を見ない優れた独特の教育システムを築き挙げてまいりました。開学当時,既存の大学が産業界との連携に躊躇していたときから産学協同を大学の是とし,実学を旨として独創の工夫と実践的教育・研究にさまざまな試みをして参りました。昨秋,「21世紀COEプログラム」の一拠点に選ばれたことは,本学が既に国内有数の大学に成長したことを示す証左であります。技術者として必要な基礎力と実践力を身に付け勇躍社会に進出する諸君は,自分と母校に誇りを持って活躍して欲しいと願っています。
 さて,人類は今21世紀の初頭,複雑な国際情勢の中に立っています。この人類の歴史は生命の歴史に始まって幾つもの文明の歴史があり,政治,経済そして科学や技術の歴史があります。川の流れが幾筋もの小さな流れに始まって,やがて滔々(とうとう)たる流れになるように,地球の処々に起こった小さな歴史も干渉,合体,消滅を繰り返しながら,やがて大河となりますが,それが地球という空間に制約されるとき,その流れは複雑なものになります。

 人類はおよそ400万年前に直立二足歩行を始めることで脳を発達させ,発声機能が拡大し,その結果として発達した言語機能を獲得しました。人は言語を持つことによって個々人の脳に蓄えられた情報を他に伝達することを可能にし,文字の出現によって情報の共有と蓄積の幅を広げてゆきました。人はまた簡素な道具作りに始まってものを作る技術を覚え,こぼれた籾の発芽の観察に始まって栽培の技術を獲得しました。これら情報通信,人工物生産技術,食料生産技術によって人は社会を形成し,都市文明を発生させました。人はこれらの技術を着実に進化させ,それによって自然を収奪し,人工の空間を広げてきました。しかし,既にこれ以上自然を排除しては,人類が存続できない限界に至っています。
 一方で,モールスによる電信機械の発明やダイムラーによるエンジンの開発に始まり,急速に発展した情報通信技術と高速輸送技術は,人間の活動空間を一挙に地球規模に広げました。とりわけ近年の情報通信革命をきっかけとして,これに社会主義体制の崩壊も要因となって自由主義的な市場経済が普及し,世界的に情報,人,物資,資本などが容易に,頻繁に移動するグローバル化が一気に進行しました。そしてこのグローバル化は,一つの突出した文明と幾つもの宗教,民族,文化を包含する極めて多様な社会を創り出しています。

 諸君は,人類の歴史が作り上げて来たその社会で,新たな技術の展開にあたることになります。その技術は,容易に技術移転が行われる環境とグローバル化した市場経済のもとで厳しい競争にさらされます。一方で,既に活動空間拡大が限界に達し,且つ極めて多様な存在を包含するこの世界では,自然環境,人,社会と密接な関係をもたなければ,技術そのものが存在し得ないようになっています。人間に許される限られた空間の中で,技術と社会は新しい関係を構築する事になります。

 こういう時代,情勢の中にあって社会が諸君に期待するのは高い基盤能力と柔軟な頭脳です。技術者として社会人として求められるのは,自ら考え,自らの責任において行う主体性であり,個性豊かな人間性です。諸君は学部では工学技術の基礎を身につけ,修士課程では実践的な研究開発の訓練をしました。博士後期課程では自らの方法論への道筋をつけてきました。この社会は厳しい競争社会でありますが,諸君はそこに立ち向かう十分な力を備えています。自分に自信をもって,更なる技術の研鑽に努めてください。

 諸君はこれから技術者として,研究者としての道を進みます。その前途は必ずしも平坦ではなく,時には広々と開けた道であり,時には狭く厳しい道になりますが,途切れることなく無限に続きます。そして諸君は無限の可能性を秘めています。自分の限界を自ら作ってはなりません。釈迦が“過去を追うな,未来を願うな。ただ今日なすべきことを熱心にせよ”と説くように,足許をしっかり見据えた着実な一歩一歩が諸君の将来を拓きます。広い視野と柔軟な発想をもって,果敢にかつ悠然と歩まれるよう期待しています。