VOS,No.116

 研究トピックス [Back]

結晶格子を利用したナノメートル計測・制御
明田川 正 人
(機械系 助教授)

図1.STMの原理図
 マイクロ・ナノマシン,LSIなどに代表される超微細加工技術「ナノテクノロジ」の研究開発が国内外を問わず活発になってきた。それに伴い,ナノメートル(=10-9m :1ミリの百万分の1)あるいはそれ以下の精度で変位(長さ)を計測・制御する技術が必要となってきている。この技術は長さ標準と高い精度で校正可能な(トレーサブルである)ことが必須である。現在の工業的長さ標準は,周波数安定化レーザの波長であり,長さ・変位測定は「レーザ干渉測長計」で実現している。その基本計測単位は,干渉縞1フリンジ(HeNeレーザ光源で単純なマイケルソン型の場合,半波長約0.3μmがそれに相当)であり,それ以下の長さは,位相補間によって決定しているが,この補間に周期的な誤差が混在し,任意の長さをサブナノメートル分解能で計測することが大変困難である。すなわち,現在「ナノメートル」を校正できる基準が存在しない。
 我々の研究室では,この問題に着目し,結晶格子と走査型トンネル顕微鏡(Scanning tunneling microscope: STM)を組合せた,ナノメートルの計測制御技術の研究を進めてきた。
 STMの原理を図1に示す。STMは探針試料間にバイアス電圧をかけその間隔がナノメートル以下のとき生ずるトンネル電流を利用する。トンネル電流を一定とすると探針試料間のギャップが正確に一定に保持され,同時に探針をXY方向に走査しZ方向の探針変位を記録することで試料表面の微細な構造が観察できる。結晶格子の格子間隔は約0.2ナノメートルと微小であり,結晶自体が無応力でかつ格子欠陥もなければ,その長さは長周期にわたって保持されている。STMでは結晶表面の原子を実時間で容易に画像化できる。そこで我々は結晶格子とSTMを利用し,格子間隔そのものを測長単位とする「結晶格子スケール」の研究を進めてきた。この方法では,格子間隔そのものが,すでにサブナノメートルでありこれをそのまま利用できること,格子間隔以下の補間法を開発すれば,ピコメートル分解能の測長の可能性もあること,などの利点がある。この方法の実用化のためには,測長範囲を確保する(少なくとも数μm以上の長さの原子像を得る)こと,熱変形に伴う測定誤差を低減することが必須である。図2は横方向(測定方向)の長さが約5μmのグラファイト原子のSTM像の一部を示す。測定方向に約2万個の原子がある。この画像はSTMの探針を横方向に一定速度で動かし横1ラインを得,次に縦に微小変位だけ動かし次の横1ラインを得,これを繰り返した画像である。隣り合った横ラインの測定時間差は約5秒であり,この間に熱変形により探針−試料間に格子間隔以上のずれが生ずると画像に相関が無くなり原子像とならない。線膨張率が10-8/K以下となる特殊ガラスを用いたSTMと温度安定度が0.01K以下となる恒温装置を開発し,両者を組み合わせて,探針試料間の熱変形速度が1時間当たり格子間隔1個(0.2nm/h)以下となる測定環境を生みだし,長い原子像を得ることに初めて成功した。
図2.5μm超長さのグラファイトのSTM原子像の一部
図3.グラファイト表面の格子間隔の測定
 結晶表面の格子間隔を直接正確に測定しておくことも重要である。そこで,光路差が波長の整数倍のとき長さをピコメートル精度で測定できる特殊なレーザ干渉計を開発し,これとSTMを組み合わせて,グラファイト表面の格子間隔を直接測定した。図3にその結果を示す。図の上の部分は横(X)方向が測定方向であるグラファイトのSTM原子像,下の部分は干渉計の変位と出力(横軸:X軸変位,縦軸:出力)の関係を示す。干渉計出力はゼロと交差するところのみ(図中でC−D)を計測し,この場合は光路差が2波長分である。図中C−Dのグラファイトの原子数と干渉計出力の変位を比較し,グラファイトの格子間隔をピコメートルの測定不確かさで決定出来た。
図4.格子間隔ステップ移動
 結晶格子表面はミクロな山(原子頂点)や谷の連続と考えられる。原子頂点では,XY軸の傾斜は必ずゼロとなるので,これら傾斜信号をゼロとするように制御すればSTM探針を特定の原子頂点にロックできる。同様に特定の原子配列はミクロな山の尾根になる。尾根と直交方向の傾斜は必ずゼロとなり,この傾斜信号をゼロとなるように制御すれば,STM探針を特定の原子配列上にロックできる。XY軸の傾斜信号はSTM探針を格子間隔以下の振幅でXY面内で高速円運動させ,X(あるいはY)の振幅差に基づく差分トンネル電流から得られる。図4はこの原理に基づき,STM探針をグラファイトの特定の原子配列上でステップ移動させた例である。図の横軸が原子配列方向,縦軸はそれと直交方向の変位を表す。図中の黒点が一つの原子頂点で,隣り合った7個の原子に左から右に次々にステップ移動させた。
 以上が結晶格子を利用した研究成果の例である。今後はピコメートル計測制御に挑戦して行くつもりである。