VOS,No.119

 新潟日報文化賞 [Back]

水の分解反応に対する新光触媒の発見
新潟日報文化賞は,新潟日報社によって,新潟県の県勢伸長と県民生活の向上を目的として,昭和23年に制定され,産業技術,学術,芸術,社会活動の四部門での顕著な業績に対して与えられる名誉ある賞で,本学化学系の井上泰宣教授が平成15年度の学術部門で受賞されました。その研究内容を以下に紹介して頂きました。

 21世紀は,燃料電池発電や水素エンジンなどクリーンなエネルギー源として水素を用いる水素エネルギー社会になると予測されている。問題は,どのようにして水素を得るかと言うことになる。現在,工業的には20−40気圧,800度の高温で,ナフサや天然ガスと水とを反応させて得ているが,この方法では化石資源を用いて水素を生産することになる。もっとも理想的な水素生成は,太陽光エネルギーを用いて水を分解する方法であろう。これには,光エネルギーを吸収し,1.23eV以上のエネルギーを水に伝達してくれる物質が必要であり,その作用を持つ物質は,光触媒といわれる。光触媒の形態は,金属錯体や色素などもあるが,現在水を分解できる光触媒としては,金属酸化物のみであり,その機構は<1>光吸収による金属酸化物の価電子帯から伝導帯への電子励起,<2>励起電子および正孔の表面への移行,および<3>表面での酸化還元反応(H+およびOHへの電荷伝達)から成る。
図1   過去30年間に報告された水の分解反応に活性なd0光触媒
 図1に示すように,過去30年間において,水の分解反応に対して活性であると報告された光触媒は,Ti,Zr,NbおよびTaの遷移金属酸化物に限られている(実際の光触媒では,これらの金属酸化物にRuO2やNiOを助触媒として担持する)。興味深いことに,これらの光触媒の骨格金属イオンはTi4+,Zr4+,Nb5+およびTa5+で,空のd軌道をもつd0電子状態の金属イオンばかりである。
 本研究では,これまでdn(0<n<10)電子状態の金属イオンをもつ金属酸化物で水を分解できるものは全く見出されないこと,および量子化学的立場から考えると,空のd軌道の状態とd軌道が完全に満ちたd10 電子状態は同じであろうという単純な発想で,d10 の電子状態をもつ金属イオン(Ga3+,Ge4+,In3+,Sn4+,Sb5+)の典型金属酸化物について調べ,図2に示すように,多くの典型金属酸化物が水の分解反応に活性な光触媒となることを見出した(助触媒:RuO2)。以降,複数の金属イオンを組合わせたd10 −d10 ,d10 −d0複合金属酸化物,さらにd10 S2電子状態の酸化物光触媒へと発展した。d10 電子状態の典型金属酸化物は,骨格構成体である酸素八面体や四面体が歪んだ特異的な局所構造をとりやすいこと,および伝導帯は分散が大きいsp混成軌道から構成され,励起電子は高い移動度をもつことに特徴があり,この4年ほどで非常に多くの活性な光触媒が見つかった。数で言えば,過去30年間の遷移金属酸化物光触媒を凌駕するほどで,その性質から言えば,可視光領域の光利用の可能性を与える新規光触媒の発見となった。現在の問題点は,用いられる光が紫外光に限られている点であり,可視光利用が望まれている。d0電子状態の光触媒の発見により,可視光で作用する光触媒が最近見出される等,大きな広がりを見せている。
図2   本研究において新たに見出したd10光触媒
 今から丁度100年前の化学者がもっとも悩んだ問題は,肥料合成用の窒素の固定であり,ハーバらは窒素分子の3重結合を切る触媒を探すのに2万種にもわたる化合物を試したとされる。これによる1910年のアンモニア合成反応触媒の技術確立は,以降の石油を中心とする化石エネルギー利用の隆盛を引き出し,結局は21世紀を迎えCO2の問題に直面することになる。CO2問題の解決には,水素さえあれば良い。すなわち,水から水素を取り出せば良い。歴史的に見ると水の分解反応に活性な光触媒の開発は,100年前に出された課題と言える。
 このたびの受賞は,CRESTや科研費(基盤,特定)の助成に加え学内外で多くの方にご支援頂いたお陰であり,心より御礼申し上げます。