VOS,No.119

 特集/大学の国際化と留学 [Back]

「本学の国際化と日本の国際化」
石 ア 幸 三
(学長補佐 国際交流担当)
ヒエン ベトナム教育訓練大臣との会談(左が筆者)
 国際化という言葉が最も好きな国は日本であろう。国際化に最も疎い国もまた日本である。日本人はその原因を言葉に求めがちであるが,「英語が話せる」と言うことと「国際化」が同じではないということは言うまでもない。異なる文化を理解する能力,あるいは異なる宗教に心を開き受け入れる能力が必要であり,そのためには,自己の確立が必要であると考えている。国際化すればするほど,自分の(日本の)立場をしっかり理解しなければならない。これは偏狭なナショナリズムとは逆である。自分の立場をしっかり理解した上で,日本を海外に向けて発信することが必要となるであろう。例えば,強い日本製品による日本文化の発信だけではなく,その基盤となっている日本の製造部門の強さ,そしてその元にある日本文化・日本語の発信,その一環としての工学の実践的な教育が重要になってくるであろう。本学の特徴は,大学院の実践を重んじる工学教育である。この特徴をもっとのばせば,上記の日本の良さを発信できる,世界の大学と競争できる国際化された大学になることが出来るであろう。
 1983年,中曽根元首相の打ち出した留学生10万人計画が現在目標に達し,留学生数は11万人を超えた。しかし,このうち中国からの留学生が昨年より20%も増加し,ついに7万人を越えた。偏った,量だけの留学生政策の後遺症が見られ,社会問題も引き起こしている(山形の酒田短大の集団移動,等)。これからの大学の国際化を考えたとき,留学生の質の向上は日本の大学にとって至上命令である。留学生政策の量から質への転換は急務を要する課題であり,質をよくするためにはどうすればよいか。本学はそのために独特の試みを行っている。学部生を国外の教育機関で数年にわたって見守り,その中の良い学生を取る,つまり,本学が国立大学としては初めて行おうとしている,ツイニングプログラムが有効であると考えている。このプログラムは,ハノイ工科大学において東南アジアの学生(現在はヴィエトナムの学生に限っているが)を2年間,ないし3年間の教育の後,本学の3学年に編入させようというプログラムである。留学生のコストを下げる意味で,人数を増やし,また2,3年の学部教育を身近に見守り学生を選抜するという意味で,質の向上も同時に狙っている。日本は世界最大のODA援助国であるが今までは橋を造ったり,道を造ったりといった物づくり中心に多額を投じてきた。しかし,これからのODAは「物づくりから人づくりへ」。教育のODAから国際化を始めるべきではないだろうか。自ずと日本の顔の見え始める国際化が可能になってくるのではないだろうか。米百俵の町の大学から日本の国際化への提言である。

「すばらしかった,マレーシア留学生同窓会」
武 藤 睦 治
(機械系 教授)
同窓生と
 マレーシアからの留学生はこれまで350名を超える。現在(03年5月時点)も59名と最も多い留学生が在学している。これまでにもマレーシアにおいて,卒業生が集まり小さなパーティを開くようなことはあったと聞いている。しかし,卒業生全員に呼びかけ同窓会を開こうとしたのは,今回が初めてであり,本学としても,留学生の同窓会は初めてで,画期的なできごとと言える。
 本会は12月13日(土)17:00から,クアラルーンプールから西へ25キロほどの工業地域で,卒業生の勤務している会社も多い,Shah Alamの町のホテルで行われた。参加者は正確ではないがおおよそ40名で,はるかに北の地方から3時間かけて出席してくれた卒業生もいた。本学からは,小島学長,服部前学長,高田教授,野坂教授,岩橋助教授,および小生の6名。さらにAOTSクアラルンプール事務所の市川所長にも駆けつけていただいた。
 本会の取りまとめ役のArbaainさんの司会で,まず小島学長からさまざまな話題とともに,「ルックイーストという言葉がありますが,皆さんはルックナガオカでお願いします。」といったユーモアを交えた挨拶があった。引き続き服部前学長から,マレーシア政府と日本政府が協力して設立することになっているマレーシア日本国際工科大学の状況について紹介があった。日本では,挨拶のあとビールで乾杯となるところ,日本人を除き,卒業生の皆さんは,アルコールを飲まないので,そのまま食事と懇談が始まった。卒業生は,皆さんとても元気で,職場でも活躍していることが肌で感じられた。また,多くの卒業生が,就職後も,研修や打ち合わせのため,しばしば日本を訪れていることを知った。会は大変盛り上がり,予定より30分延長し終了した。
 今回の開催に当たって,もっとも大きな問題は,卒業生の連絡先が不明あるいは移動して連絡が取れないことであった。回を重ねるごとに,解消されいくことを期待している。本同窓会の実現は,Arbaainさん,DanialさんならびにZainudinnさんの努力とリーダシップのおかげでした。感謝したい。

河南話 留学体験談
三 浦 順 也
(材料開発工学専攻2年)
 中国は河南省鄭州市にある鄭州大学にて,今年の9月から交換留学により学んでいます。鄭州は中国の内陸に位置し,このあたりは中原と呼ばれ,古くから都として栄えてきた場所です。鄭州には商(殷)代遺跡があり,また同じ河南省には歴代九王朝が都とした洛陽,北宋の時代に世界で最も栄えた都市となった開封があります。
 こっちでまず苦労するのが食事です。日本の料理に比べて油を大量に使い,また水もあまり良くないのか確実にお腹を壊します。私も来て二週間くらいで酷い下痢になってダウンしました。それもでもしだいに慣れて来ましたし,なんといっても中国料理は多彩で美味しいです。それに物価もまだまだ安くて,大体10元(約150円)も出せばかなり満足した食事がとれます。ただ中国料理は大勢で食べるスタイルなので,一人で食事をとるのが難しいというのが難点ですが。
 あと当然問題となるのが言葉の問題です。研究室では本大学に8年間留学して日本語が達者な王 紅英先生がサポートしてくれてますが,例えば買い物をする時などは苦労します。まず英語は通じません。その為に片言の中国語を話す努力をしなければなりません。しかし中国語は魅力的な言語で,覚えたての言葉を使うのも楽しいものです。中国は国土が広大なため,様々な方言が入り乱れています。北京方言を元につくられた標準語が存在しますけど,その通りに話す人というのは殆どいません。同じ研究室の学生はみな河南省出身の人達ばかりなので,河南方言を教わったりしています。
 留学生活も残すところあと1ヶ月程です。学生達や街の人達と河南方言でもっと会話が出来たらなと思っています。