VOS,No.120

 贈る言葉/卒業・修了にあたって [Back]


諸君の活躍に期待する
山 元 皓 二(生物系長)
 学士,修士そして博士の学位を取得される諸君,おめでとう御座います。社会へと旅立つ諸君,進学してさらに一段と研鑽を積む諸君それぞれが今日を自分の新たなターニングポイントとして捉え緊張と期待に胸を膨らませていることと思います。
 現在「イラク派遣」に象徴されるように世の中の仕組みや考え方などの全てが大きな変化の流れとなり,ともすると押し流されてしまいそうな気がします。近い将来に諸君はこの流れの中に身を置くことを余儀なくされます.流れに身を任すことも可能かもしれませんが,こういうときにこそ自己を持つこと,すなわち自分で考え,決断して行動することが必要ではないでしょうか。諸君が本学で身に付けたOriginalityとVitalityの精神こそがまさに現在の変化する世の中において流れの方向を知性と理性に基づいて決定していく駆動力になるはずです。
 しかし諸君はただ一人で流れの中にいるのではありません。宗教,文化などと大上段に振りかぶらなくとも身近なところで考え方,好み,悩みなどなど千差万別な特徴をもつ他人が生活しています。自己を持つということは他人の存在を理解し,自分の意見を述べ,議論を通して否を悟れば自分を押さえることを要求します。本学で学んだServicesは己を越えて自と他のつながりをさらに深くする原動力となるはずです。
 諸君の若い力が理想的な社会を実現するための推進力となることを期待しています。



技大の人々
丹 波 希代子(生物機能工学課程)
2003年の阪神タイガーズ
研究室の夏旅行(左から2人目が筆者)
 技大に来て早くも2年が過ぎようとしています。私はここ数年で様々な経験をしました。その中でも、私が心に残っている話をここでしたいと思います。
 私は2年前,技大の生物機能に編入してきました。商船で在籍していたのは電子制御でした。商船の教官からは,「生物に行くのか?大変だぞ」と言われた事を今でも覚えています。私はその時,編入可能なのだからやって行ける。と,思っていました。今思えば,やれない事はない。といった程度だった様な気もします。実際入学し授業を受けてみると,商船で受けていた化学は甘かった。と痛感させられるものばかりでした。あまりにも理解できなくて“逆ギレ”したこともあったような気がします。その度に,宥めてくれたのは友人でした。今思えば,友人が居たから今の自分が居るような気がします。
 4年生になり,私は研究室に配属されました。そこで私は初めて本物の“阪神ファン”に出会いました。私は巨人ファンだったので,阪神×巨人戦で阪神が勝つ度に研究室内のある阪神ファンが私に報告しに来たのを覚えています。私は今でも,阪神ファンが何故巨人を敵視しているのかが疑問です。
 この2年で私は様々な人に逢いました。その人達に共通して言える事,それは“面白い”と言う事です。この人々に巡り逢えた事に感謝したいと思います。「ありがとう。」



すべては自分のやる気から
赤 星 幸 政(生物機能工学専攻)
研究室の発表会にて
研究室の忘年会にて
 大学に入学してからもう7年になります。7年前の冬,センター試験の結果が思わしくなかった僕は,当時の担任の先生に勧められるまま本大学を受験しました。入学した当初は自分の志望した進路から大きく道が逸れてしまったようで,今ひとつ大学生活を楽しむことが出来ませんでした。そのため当時の生活は,大学へは真面目に通っていましたが,それ以外はあまり外へ出ることもなく自分の部屋で過ごすことがほとんどでした。今から考えれば,十分に時間があったのに,もっと色々なことが経験できたはずなのにと後悔します。
 学部4年になり研究室へ配属されたことで,僕の後ろ向きな性格は徐々に前向きに変えられました。何か失敗してもいちいちめげている暇はない。それまでの生活とは180度異なる,とても忙しい日々が待っていました。何度も辞めようかと考えましたが,研究室の仲間に励まされ何とか今日まで頑張ることが出来ました。研究室生活も残すところあと1月,これまででもっとも忙しい,修論提出の時期を迎えております。思ったような文章が書けずなかなか苦労しておりますが,この研究室で4年間を過ごしたおかげで,大抵の困難には耐えられる気がします。
 最後に,4年間僕を鍛えてくださった先生方,研究室の人々,留年してしまったにも関わらず支えてくれた両親に深く感謝します。本当にありがとうございました。



学生生活を振り返って
島 田 哲 雄(情報・制御工学専攻)
研究室の人々と(筆者は前列中央)
 5年前,長女の小学校入学と同時に30代半ばの新入生としてこの長岡技術科学大学に入学しました。とはいっても病院に勤務しながらの二束のわらじであり,思うように時間がとれず常にあわただしい状況の中での生活が始まりました。
 早朝に研究室に顔を出した後出勤,勤務終了後はまた研究室で研究活動という状況でした。今更ながらこのような状況を許容してくれた上司をはじめ職場の皆さんに頭が下がります。本当にどうもありがとうございました。
 また,仕事を終わって研究室に来るとそこからが研究の始まりで,その時間に合わせて待機してくれていた一回り以上違う同級生や後輩に支えられて,何とか無事に学生生活を送ることができました。本当にどうもありがとうございました。
 こうしてみると私の学校生活はひたすら回りの人たちに支えられた日々であり,迷惑をかけながらも実に楽しい5年間を送ることができました。毎年の研究室旅行や繁華街実地調査活動ではしっかり羽目を外させていただき,大騒ぎしたことが懐かしく思い出されます。
 そして最後に私が忙しそうにしていると陰ながら支えてくれた妻と,休みの日に外に連れて行かずにパソコンと向かい合う私を許してくれた二人の娘に感謝して5年間を締めくくりたいと思います。
 本当に皆さんどうもありがとうございました。