生物物質工学大講座(医用生体工学研究室)
 生体の優れた機能を学び、それを工学に生かすことを目的とする生体工学と、進んだ工学技術を医療に応用して診断治療・医療福祉に貢献する機器を開発研究する医用工学は、共に生体に関する科学技術を人類の幸福のために直接用いる学問体系であるという点で車の両輪をなしている。本研究室では、この2分野に実際に患者を対象として、諸現象を観測し治療に結び付ける学問体系である臨床工学を合わせた医用生体工学(Bio-Medical Engineering BME)を研究課題としている。

医用生体工学
 図1に示すように、医用生体工学は医学・生物学・心理学・人間工学と密接なつながりをもっており、医学と工学の境界領域にあって研究方法も多種存在するが、本研究室ではこのうち生体計測技術と、生体シミュレーション技術を基本技術として、臨床の現場から要請されている医用機器の開発研究に力を注いでいる。

医用工学研究
 現在進行中の医用機器開発プロジェクトとしてはパーキンソン振戦自動診断システム・対光縮瞳反射応用アルツハイマー痴呆診断システム・MRI画像痴呆自動診断システム・末梢神経刺激痴呆リハビリシステム・ペルチェ素子を用いた電子冷凍手術装置・GVHD予防血液紫外線照射装置・乳癌自動診断システム・胸部X線画像自動診断システム・漢方診療客観評価システムなどがある。また人口の25%が老人という超高齢社会を目前に迎え老人の在宅医療福祉システムの構築は急務とされているが、本研究室ではスウェーデン社会医療システムを規範とした高齢者在宅医療システム研究をも行っている。また診断の基礎となる生体計測の主題としては生体リズム・脳波筋電計測・痴呆重症度計測・皮膚電気反射・光生体物性計測・生体振戦計測・呼吸循環計測などが行なわれている。

生体工学研究
 医用工学および臨床工学の基礎研究部門とも考えられる生体工学領域においては、広い意味での生命現象の解明にその興味の中心がある。一般に生命現象はミクロンのオーダの細胞レベルより始まり組織レベル・器官レベルにまで及ぶ複雑なシステムであるため一般の工学で用いられている分析的解析には限界がある。そこで豊富な生物実験結果をもとに生体現象に関する仮説を立て、それに基づく数理的モデルを構築したのち、高速の試行実験とも考えられる計算機シミュレーションを行なって帰納的に仮説の妥当性を検証する研究方法を「生体シミュレーション工学」と呼ぶ。この手法によって、他の手段では物理的・倫理的に困難なパーキンソン病振戦の発生機序について研究が進行中であるが、例えば4Hz前後の静止時振戦であるパーキンソン振戦は錐内筋の疲労に起因するものであることなど病因学的に有益な結果が現在までに示されている。その他生物形態形成モデル・生体免疫系モデルの他に、音楽記憶再生機序の解明のためのリズム記憶モデルなどが研究されている。

臨床工学者教育者養成
 病院などの医療機関や医用機器産業において医用機器の研究・開発・設計・運用・保守・修理等を担当する専門職を臨床工学者(Clinical Engineer: CE)と呼び、欧米では歴史も古く高い地位と信用を得ている職種である。日本においても1978年以来日本ME学会認定のME技術者実力認定試験(1種・2種)が実施されており、また1990年からは国家資格としての臨床工学技士試験が行なわれており、全国に臨床工学技士専門学校が設立されている。しかし生体と工学の双方に関する知識を備えた研究指導者・教育者は極めて少ないため大学院レベルでの専門職の養成が急務とされている。本研究室においても学部3年2学期の「解剖生理学」、4年1学期の「神経科学」、「医用生体工学」および大学院講義の「医用機器工学特論」等の授業科目をはじめとして生体機能工学演習・生物電気計測実験と研究室内での朝ゼミ・論文輪講・原書輪読・オリエンテーション実験等一連の教育課程を設けることによって、我が国における臨床工学者養成の一端を担っている。

図1 研究課題パノラマ
担当   教 授   福本 一朗
    助 手   内山 尚志

生物物質工学大講座(糖鎖生命工学研究室)
 生体で作られるタンパク質の60%には、糖鎖が結合している。糖鎖は核酸やタンパク質と異なり、その構造を発生分化のプロセスで変化させる。 糖鎖の構造が変化するとタンパク質の機能が変化したり、個体レベルでは細胞が増殖異常を起こし、臓器を形成できず致死となる。このように糖鎖には生命の息吹が刻まれているが、その意味はほとんど解読されていない。この意味を明らかにすれば、生体の機能を調節する分子、快適な居住空間、機能性食品などの新たな工学的機能物質を開発することができる。本研究室では、1) 生体における糖鎖の機能を読み取るマシーン (糖鎖結合タンパク質) を網羅的に解析し、糖鎖の機能を記した辞書作りを行なう、2) 構造変化する糖鎖から細胞の生理状態を読み取り、加齢・疾患のバイオマーカーとしての有用性を追及する、3) 予防医学的見地から糖鎖機能を取り入れた生活用品や食品を開発することを目指して、研究を行なう。

糖鎖を介した神経細胞の増殖分化機構の解明
 神経細胞に固有に発現するN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)をもつ糖鎖をGlcNAcと結合するタンパク質(レクチン)をコートしたプレート上で培養すると、MAPキナーゼやPKCの活性化を阻害し、増殖・分化を阻害した。脳にGlcNAc結合タンパク質が存在すると予想されたので、マウスの脳からGlcNAc結合タンパク質を探索したところ、Na+/K+-ATPase β1-サブユニットがその活性をもつことを見いだした。神経細胞の凝集塊に抗β1-サブユニット抗体やハプテン糖を加えると凝集が阻害されることから、β1-サブユニットは隣接細胞の糖鎖と結合することで細胞接着に関与している可能性が考えられた。Na+/K+-ATPase は細胞の浸透圧を調節する働きをもつ生命に必須の分子であり、この機能はα-サブユニットが担っている。β-サブユニットはα-サブユニットの立体構造を保つことで、その働きを助けていると考えられてきたが、β1-サブユニット自身にも固有の機能が存在することが判明し、新たな細胞接着分子としての働きの解明が待たれる。

糖鎖を介した細胞の増殖制御機構の解明と応用
 細胞が癌化するとタンパク質に結合した糖鎖は高分岐化し、この時糖鎖のガラクトシル化に関与する酵素(β-1,4-GalT)IIやVの遺伝子発現が変化する。遺伝子操作によりB16-F10マウスメラノーマ細胞でβ-1,4-GalT II やβ-1,4-GalT Vの遺伝子発現を正常方向に戻すと、in vitroでの細胞の増殖が25〜40%抑制され、部分的な細胞接着が観察された。細胞表面の糖鎖は多様に変化し、増殖に関与する糖鎖は特定できなかったが、ガラクトースと結合するタンパク質としてガレクチン-3を見いだし、その役割を解析している。また上記の遺伝子を導入すると、細胞の増殖に関与するMAPキナーゼの活性化が低下した。 以上の知見から、β-1,4-GalT 遺伝子の導入により癌細胞の細胞表面の性質(糖鎖修飾)が変化し、その結果細胞が部分的に接着し(ガレクチンが関与か?)、接着シグナルがMAPキナーゼの活性化を抑制し、その結果遺伝子導入癌細胞の増殖が抑制されたものと考えられた。一方、癌細胞でβ-1,4-GalTV遺伝子の発現制御機構を解析し、転写因子Sp1が関与していることを明らかにした。さらに、癌細胞におけるβ-1,4-GalTV遺伝子の発現はSp1のDNAへの結合を阻害する薬剤で減少し、β-1,4-GalTV遺伝子の発現を転写因子レベルで制御することでも癌の悪性度を改善することができる可能性を見いだした。

生活習慣病と血液タンパク質の糖鎖修飾の関係
 糖鎖のバイオマーカーとしての有用性を、生活習慣病との関係で解析した。糖尿病、高脂血症、高血圧、これらの合併症のヒト血液からタンパク質画分を調製し、レクチンブロットで糖鎖修飾を解析すると、糖尿病と高脂血症の合併症で著しい糖鎖構造の変化が検出された。今後、この変化が病態とどのように相関するかを解析し、有用性を検討する。

 Kitamura, N., Ikekita, M., Sato, T., Akimoto, Y., Hatanaka, Y., Funahashi, H., Kawakami, H., Ino-mata, M., and Furukawa, K.(2005)Mouse Na+/K+-ATPaseβ1-subunit contains a K+-dependent cell adhesion activity to β-GlcNAc-terminating glycans. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 2796-2801.
 Sato, T., Takahashi, M., Kawado, T., Takayama, E., and Furukawa, K.(2005)Effect of Staurosporine on N-glycosylation and cell adhesion to fibronectin of SW480 human colorectal adenocarci-noma cells. Eur. J. Pharmaceuit. Sci. 25, 221-227.

担当   教 授   古川  清
    助 手   佐藤 武史

生物物質工学大講座(分子生物物理学研究室)
 多くの生物でゲノムの解読が進み、生物科学はポスト塩基配列=蛋白質の時代に入った。精妙な分子機械システムである生物の動作原理を解明し、その知識を医学・工学などに応用するには、生物機能の大半を担っている蛋白質の設計指針と機能発現の分子メカニズムを解明する必要がある。人体の60%は水であり、蛋白質の構造と機能の発現において、水が決定的な役割を果たしている。我々は、分子動力学 (MD) や分子モデリング法などの計算科学的解析と、分光学的および熱力学的測定法による実験的解析の両面から、以下の研究を進めている。

1.蛋白質の折り畳み素過程の分子物理機構
(1) 疎水クラスタの構造と疎水凝集の分子機構:
 疎水クラスタ(HPC)残基同定プログラムを開発し、2,000以上の蛋白質を網羅するデータベースを構築した。HPC残基からなる擬ペプチド鎖のMD解析から、HPC残基間に働く疎水凝集効果が、蛋白折り畳みで重要な役割を果たすことを見出した。
(2) モジュール・ペプチドの構造形成動力学
 蛋白ドメインを構成するモジュール・ペプチド鎖のMD解析から、単独でも天然類似構造をとる傾向を示すモジュールは、折り畳みの核構造の構築に関与する可能性が高いことを明らかにした。

2.蛋白質の非天然状態の構造
(1) 酸性解鎖とモルテングロビュール(MG)状態:溶液X線散乱(SXS)測定とMD模擬計算の複合解析から、ミオグロビンの酸性解鎖状態とシトクロムcのMG状態の大局構造の詳細を明らかにした。
(2) ヒトカルシトニン(hCT)のアミロイド形成:hCTは、コイル、α-ヘリックス、β-シート会合体の間で構造転移すること、水溶液中の弗化アルコールが特異な疎水クラスタを形成し、その選択的溶媒和が会合体形成を劇的に加速することを見出した。

3.蛋白質の体積物性と水和効果
(1) 蛋白質体積量の解析的・数値的計算法の開発:van der Waals体積、分子体積、排除体積、Voronoi体積等、蛋白質の体積量の精密評価法を開発した。
(2) 蛋白質の部分体積、部分圧縮率の評価:体積計算法とMD模擬計算法を用いて、アミノ酸から蛋白質迄、サイズの大きく異なる分子の部分体積を予測する方法を開発した。固有圧縮率と水和効果を精密評価して、蛋白質の部分圧縮率の実験値を再現することに成功した。

4.水の構造と疎水効果の物理機構
(1) 水の量子化学解析:水のクラスタ形成と電子密度分布、双極子能率の揺らぎの相関を明らかにした。
(2) 疎水水和構造・熱力学の解析:MD模擬計算法と最小自乗解析法により、非極性分子の疎水水和熱力学量の物理的起源を解明し、更に、折り畳み初期モデル系のMD解析により、疎水水和構造と水和水の動力学的特性を明らかにした。

5.蛋白質の立体構造安定化機構の解析
(1) シトクロムcのモルテングロビュール(MG)状態の立体構造と安定性
 等温酸滴定熱量測定(IATC)、高精度示差走査熱量測定(DSC)、圧力摂動熱量測定(PPC)などの熱測定法を用いて、酸性条件下のシトクロムcの酸・熱転移を評価すると共に、円二色性(CD)、溶液X線散乱(SXS)測定により、転移に伴う立体構造変化を評価した。その結果、シトクロムcのMG状態が低い塩濃度条件下でも熱力学的に安定な状態として存在することが明らかになった。
(2) 化学修飾を用いた逆疎水効果の精密測定
 卵白リゾチームの分子表面に疎水基を導入した化学修飾体及び未修飾体の水中及び高濃度尿素存在下での立体構造と熱力学的安定性を蛍光、CD、SXS、DSCにより評価した。水中での熱力学的安定性への導入基の寄与(逆疎水効果)を定量的に評価すると共に、高濃度尿素存在により立体構造転移の緩和時間が著しく増加すること、見掛けの熱容量関数の大きな走査速度依存性は、緩和時間で正確に補正できることを明らかにした。
(3) 高度好熱菌cold shock protein(CSP)の立体構造と安定性
 高度好熱菌由来のCSPの野生型及びC末端アミノ酸変異体を、大腸菌で大量発現・精製し、蛍光・DSCなどにより、核酸との結合能や熱安定性を精密に評価した。その結果、C末端変異体の分子機能は野生型と同じだが、熱力学的安定性が低下することが分かった。

6.蛋白質機能の分子設計と評価
(1) 高活性化セルラーゼの分子機能の精密測定
 立体構造に基づき設計したセルラーゼの部位特異的アミノ酸変異体について、高精度滴定熱量測定(ITC)により、低分子・高分子基質共、野生型よりも高い活性を持つことを確認した。また、産物の変旋光に伴う熱の評価に成功し、ITCにより触媒機構の判別が可能であることを示した。

担当   教 授   曽田 邦嗣
    助教授   城所 俊一
    助 手   関  安孝

生物物質工学大講座(応用植物工学研究室)
 個体が示す生物機能と遺伝子の間には埋めなければならない大きなギャップがある。細胞、組織、器官のレベルにおける機能を解析することを通してこのギャップを埋めることができれば、蓄積されつつある遺伝子レベルの知見を実社会に役立つ形での応用を進めることができる。
 そこで、植物の持つ機能の解明とその応用を目的とし、遺伝子から細胞・組織、個体から生態系に至る、様々なレベルでの植物利用を視野に収め、遺伝育種、生物測定、植物生理、生態学、都市建物緑化の5つの分野で研究を進めている。加えて、植物組織培養、分子生物学、化学分析、画像解析、組織学的手法を用いて、植物の持つ特性、機能の解析・研究を行い、そのための技術の開発も行っている。

1.遺伝育種
 人間は様々な有用植物を自然界から見つけまた交配などによって人為的に改良しながら利用して来た。植物の組織培養や分子生物学的手法を用いることで、交配では得られなかった雑種植物の作出や、特定遺伝子の導入、選抜や増殖といった育種操作の効率化を計ることができる。イネの無胚乳種子や温度感受性葉緑体欠失系統といった突然変異遺伝子の解析や、遺伝子導入による新規花色花卉の作出等の形質転換といった育種技術の研究、また優良個体の大量増殖と培養時変異の抑制、その人工種子・セル苗等による配付・流通形態の研究を行っている。

2.植物生理
 植物を人工的に制御された環境下に置くことで、環境変動の影響を排除して植物生理を研究することができる。また、人為環境下での植物の反応・形態を調べることで、植物が環境中の何を感知してどのような対応をするのかを調べることができ、植物工場で作物生産をする場合の最適条件を探ることができる。様々な日長・光周期条件下での植物の内生周期の維持や擾乱、花芽形成条件の解析、蘚類の原糸体からの配偶体本体の芽分化条件の解析などを行っている。また、高濃度スクロース処理によって不定胚を誘導する実験系を確立し、発生誘導のメカニズムを光の効果やシグナル伝達に注目して追究している。

3.生物測定
 生物の持つ性質は必ずバラツキを含み、そのために色々な統計的手法が開発されてきたが、今なお視覚や味覚といった五感で総合的に判断される形質は、熟練者の主観による判定が必要となっている。そのようなバラツキ、個体変動の大きい量的な形質を、デジタル化してコンピュータ処理を行い、客観的で定量的な評価を行うことを目的としている。酒米の心白量、米飯の食味と高い相関を持つ炊飯光沢について、画像入力の標準化、処理の方法、実際の育種への応用について研究している。また、蘚類原糸体の成長パターンの画像解析を用いた環境汚染物質のバイオアッセイ系の開発を行っている。

4.生態系 遺伝資源
 近年、各地の生態系や個体群の衰退や絶滅が問題となっているが、現在人間に利用されていない生物種でも、全て潜在的に人間の役に立つ遺伝資源として、その多様性を把握し、維持保存していくことが必要である。そこでマメ科作物の祖先種を中心に、DNAや蛋白質を分析することで野生集団の遺伝構造を解析し、遺伝資源の収集範囲および方法の基礎研究を行っている。また雪割草、イソニガナ、カンアオイ属の様な稀少種の培養による増殖や、さらには酸性雨、塩性土壌、化学物質汚染土壌等の悪環境に対する耐性植物の作出を目指して研究を進めている。

5.都市建物緑化
 人口、社会・経済活動の都市への集中、エネルギー消費の増大により、都市部でのヒートアイランド現象が深刻な環境問題となっている。その対策として建物緑化が検討されており、コケ植物は高温・乾燥に強く、土壌を必要としないため、加重や潅水に制約の大きいビル表面への利用が可能である。コケ植物の茎葉体は成長が遅く広範囲を被覆する材料を調製するのに時間がかかるが、原糸体の増殖速度は植物細胞としては最も早いので、原糸体を大量培養することで、より簡便敏速に建物緑化に利用できる緑化資材を供給できると考えている。日本人の原風景である田園や里山の自然は、人間の手の入った二次自然である。都市を緑で包み三次自然を構築することが、都市環境問題の究極の解決となるだろう。

担当   助教授   高原 美規
    技術職員   高柳 充寛
http://dolphin.nagaokaut.ac.jp/